僕らはどこにも開かない-There are no facts , only interpretations-
信じてよかったと、そう思います
本書は御影瑛路先生のデビュー作である僕らはどこにも開かないを再構築したものです。とりあわけ、本書、当時は問題作とか「これ電撃文庫で出していいんですか?」とか作者本人から言い出したり、ラノベでは定番のイラストがなかったりと、最近のラノベ~な雑語りに対抗するための延べ棒として有効活用されていた(俺の偏見)。
その作品がイラストつくってことで「良さが失われる~」みたいな意見はかなりあったみたいで(俺はどうでもよかった。作者がそう言っていた)、それでもどうなるかなーという楽しみはあったんだけど、開いてみた感想が冒頭のそれ。
本改稿でかなり現代よりになっているかなあと思います。話の本筋からしてさほど流れは変わってはいませんが、ところどころ現代チックにアレンジされていますが、やはりこれは俺が昔読んだ「僕らはどこにも開かない」です。
それでも作品全体として、作者の技量故か洗練されていることは間違いありません。言葉遣いのセンスだったり、そういうテキスト的なある種細やかな心遣いが非常に嬉しくて読む手が止まらないわけです。
というか、璃々子先輩が凄く某東大生ビッチを想起させるのですが、気のせいでしょうか御影瑛路先生……でも、かなり好きです璃々子先輩。
「僕らはどこにも開かない」。旧作を知っているコアな読者が、どう変わったか、僕がどういう意図で新しくしたかくみ取って、想像してもらえるのが楽しみ。そしてそれ以上に、新しい最近のライトノベルしか知らない読者が、この作品をどう受け取るのかがすごい楽しみ。
— 御影瑛路@僕らはどこにも開かない11月 (@mikage_eiji) November 9, 2016
作者さんはこうおっしゃっているわけでして、あとがきとか読むとまじかーとかいやいや先生はまだまだいけますよとかそんなふうに思うわけですよ。当時とあとがきくらべるととうとう同い年になってしまったのかと自分の年齢に愕然としてしまったりするわけでして。
さて、ここで俺なりに御影瑛路先生がどういう意図で新しくしたかをあくまで俺なりにこの作品らしく『解釈』を述べたいと思います。十年前への原点回帰とか、どれだけ時間が経過しても色褪せない作品であることをアピールしたかっただとか、そういう最もらしいことを述べることはできるんですが、俺としてはこれを推したい。
お金が欲しかった。
印税、おいしいですもんね、結婚もしましたし。
お前、信仰する神様に向かってそれは不敬かと思われるかもしれないですけれど、いや、イラストがつかないこととか問題作とか前代未聞とかいう表現をおいしいと思う作家ですよ、印税おいしいですよそりゃあ。まあ、それはあれですけど、俺としてはこの信仰は決してやめないだろうなあと思いつつ、Fランがもう出ないという事実に頭を抱えつつ、神栖麗奈新作出ねえかなとか思いつつ、箱マリ神だったなとか思いつつ、殺人オーディション続き出ねえかなとか思いつつ、神からの啓示をこれからも楽しみにして日々を生きていこうと思います。
ノシ