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泣き言 in ライトノベル

ライトノベルの感想を真面目に不真面目に書きなぐるサイト

冴えない彼女の育てかた egoistic lily~please apology~2

 加藤に言われたことを少し気にしながら、家路に着く。自宅の郵便箱を開けと、そこに入っているのは一冊の同人誌。

 中身なんて確認するまでもなく分かる、柏木エリの新作だ。

 二年前の夏コミの後の話だ。あいつは自分が誰もが認める”凄い”作家になったとき信者になるかと俺に問いただした。

 俺の答えはもちろんイエス。

 限数一杯まで買おうとして、あいつが追い返す。そんな未来をあいつは二年間ずっと望み続けていた。だからこそ、凄くなった自分を見せようとイベントのたびにこうして新刊をポストに入れていく。

 認めてもらって仲直りをするために。澤村英梨々は努力を続けた。

 英梨々は俺が認めるまで、俺を許してくれない。俺は英梨々が凄い作品を書くまで、英梨々を許さない。

 結局のところ、俺もあいつもオタクだ。認めてもらってしまったら、ころっと許してしまう。

 部屋に戻っても、同人誌を開くことができなかった。怖かったからだ。もし物凄い作品だったら、って。英梨々が俺を許してくれるのかって。ひょっとしたら、これさえ開かなければとりあえずは現状を維持できて、その間に成長して許してもらうに相応しい人間になれるんじゃないかって、都合のいい妄想。

 この二年間、俺と英梨々の差は開くばかりだったと思う。思うではなく、間違いなく。結局は怖いからだ。何が怖いのか、わからないけれど、怖いものは怖い。

 チラチラと同人誌の方を見ながら新作アニメを視聴する。ディスプレイに映るのは今季の覇権アニメ。キャスト、ストーリー、作画、どれをとっても頭一つ抜けた出来のいい作品だ。

 それでも内容はさほど頭に入らなかった。俺の頭の中を駆け巡るのはアニメではなく、目の前の同人誌だ。でも、見なきゃいけない。見て、コミケに行って答えを出さなきゃいけない。去年の夏コミはまだ十七歳だったから、冬コミはまだ高校生だから、だんだん苦しくなる言い訳。こうなるなら井上○久子みたいに永遠の十七歳でいたかった。十七歳だから、egoistic lilyには近づけないっていう免罪符。

 それでも一応は読んでいた。それでも今回の同人誌だけはどうしても手を出せない。だって、その同人誌は表紙にegoistic lilyとだけ書かれたそれ以外になんの書き込みもされていない、シンプルなデザインだから。人の目を引くには表紙だと、パッケージ全体で本を考えるべきだとまで言った英梨々が、一番最初に表紙を仕上げる英梨々が、ほぼ真っ白な表紙をぶつけてきた。

 二年前、英梨々が恐れたものと同じようなものが二年後の今、俺の手元に帰ってきた。英梨々は出海ちゃんに何もかも奪われることが怖いといった。なら、俺は?

 俺から何かを奪っていくような人間は、俺が怖いと思うような人間はいない。そもそも奪われるようなものなんて何もない。奪われるような地位なんてない。

 本来、俺にとってコミケは文字通りの祭典で、なんでこんなにビクビクしているかわからない状況ですらあった。俺からなんにも奪わないし、それどころか様々なものを与えてくれるコミケ

 二年前は確か出海ちゃんのサークルチケットで入った。加藤に年下系ヒロインの素晴らしさを熱弁していた時に現れた、文字通りの後輩、年下系ヒロイン。数多存在する弱小サークルの一つに過ぎなかった出海ちゃんは持ち合わせた恐るべき才能で英梨々を滅多打ちにしてくれた。

 当時ですらコミケにおいて確固たる地位を築いていた英梨々にとんでもない恐れを抱かせるほどの画力を兄である伊織に見初められてrouge en rougeに移籍。その年の冬コミblessing softwareと同じジャンル、伝奇アドベンチャーの同人ソフト『永遠と刹那のエヴァンジル』の原画として俺たちの前に立ちはだかった。

 そんな彼女も今では高校二年生、あのときの俺たちと同い年だ。

 加藤は初対面の出海ちゃんを俺みたいだと称していた。あの時は出海ちゃんの名前に倫があれば先輩に小倫理なんて言われるかも、みたいな心配をしていたけれど、今では逆だ。むしろ大倫理。俺と比べるのもおこがましいレベルだ。

「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」

 シ○ジ君ばりに追い詰められてようやく、決心がついた。怯える心を宥めて、手を震わせながらページを捲る。

 題材はリトルラブ・ラプソディ1……。主人公はセルビス。シリーズ化されている名作乙女ゲーだ。王女であるヒロインとそれを守る聖騎士としてのセルビス、身分違いの恋を患ったふたりは原作とは違う方法で結ばれ、思いを確かめ合うために体を重ねる、というエンド。最後のページまで読み終わり、同人誌を閉じる。

 その時、鏡がなかったから、俺がどんな顔をしていたからわからない。鼓動が馬鹿みたいに激しくなっているのを感じる。全身に鳥肌が立ちまくる。

 お前って奴は本当に凄いやつだよ。俺は凄くなれとしか言ってないのに、愚直に努力を続けてお前は本当に凄い作品を書けるようになったんだな。時刻はもう夜の九時を回っていた。普段の俺なら、明日の始発に間に合わせるためにもう布団に入っている時間である。

 それができないのは俺が決められないから。このままコミケに行って俺は英梨々にとってのオタクの王子様になれるだろうか。違うな、そうじゃないんだ。俺が英梨々を謝らせることを俺は許せるか。

 話はそれだ。あいつが謝ってくれたら、俺たちはそれで元通りになれるのか。なれないんだろう。

 大学生になった今なら、英梨々は俺のことを信じてくれる。と思いたい。俺だって今ならあいつのことを許せると思う。だって原因はすごくありきたりで、意外でもなんでもなくて、たくさんの人に似たような経験があるはずだ。大人に近づいた今なら「なんであんなことで意地張ってたんだろう」って笑い飛ばせるはずのものだから。

 だから、問題はそこじゃないんだ。

 英梨々と作った楽園。最初に抜けたのは英梨々だ。

 だから、俺はあいつがいつ帰ってきてもいいようにその楽園を大きくした。

 お姫様がいつ帰ってきてもいいように。凄く綺麗なお姫様に相応しい玉座を用意して、万難を排して英梨々を待っていた。

 二年前、お姫様は戻ってきた、だけど玉座は空席のまま。たまにニアミスしてもかつての楽園にいたときのようにはいかなかった。

 そして今、お姫様は玉座に戻り、かつて楽園にいた王子様を探し始めた。だけど、王子様はどこにもいない。どこにだっていない。

 かつての王子様は路地裏で丸くなって、つまらない意地を張ってお姫様に顔向けできないと、一人ぼっちで生きている。

 誰かに相談しようか。

 でも、誰に。先輩も美智留も自分のことで忙しい。加藤は一番ダメだ。加藤に頼めば解決してくれる。こんなギャルゲー三大駄目主人公の相手を甲斐甲斐しくしてくれる最高のヒロインになってくれるだろう。だけど、それは二年前の焼き直し。できることを後回しにしているだけだ。

 egoistic lilyは三日目。まだ時間はある。だから今日だけは寝かせてくれ。

 

 ――翌日、俺は中学生時代から一度も欠かすことなく参戦していたコミケを休むことになった。

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