WHITEALBUM2-冬に響く歌声2-
「北原くん、講演の候補者リストなんだけど、どうなってる?」
「今、高校と大学の関係者から予算込みで挙げてます。明日の昼までにはメールします」
「ありがとー」
「北原、オープニングセレモニーのタイムテーブルなんだけど軽くでいいからチェックしてくれ」
「はい。……こことここ、撤収と準備の時間を考えたら間は十分は開けたほうがいいと思います。それともっと行間を開けて、フォントも大きくした方が見やすいので修正お願いします」
「了解。修正したらまた見せるわ」
峰城大学の学食は私立というだけあってなかなかメニューも充実しており学生の人気が高い。もっとも間近に控えた学園祭の準備で多くの学生がそれに追われながらの食事になっているが。
「春希、相変わらずこの時期は忙しそうだな」
全く関係なさそうに親友である飯塚武也は讃岐うどんを啜っていた。ちなみに俺の前には何も置かれていない。
「今年は絶対に手伝わないって言ったはずだぞ、俺は」
「なあに、お前はどうしようもないくらいにお人好しで、救いようがないくらいに世話焼きだからな。ついつい口出ししちまうことくらい予想は出来たさ」
「大体、去年一昨年とちゃんと運営のマニュアルは残したはずなのにきちんと運営できていないのがおかしいんだよ」
「大学生なんてみんなハメを外したがるし、マニュアル通りの運営なんて嫌がるんだよ」
「なんのためのマニュアルか、わかってるんだろうな。本当に。……ところで武也、お前の方は大丈夫なのか、あれは」
「任せとけって、三年前みたいなヘマはしねえよ」
「ならいいんだがな」
「お前の三年越しの頼みなんだ。絶対にヘマはしない」
武也の顔が急に真剣なものになる。こいつは俺が昔の頼みを律儀に守ろうとしてくれる、大切な親友だ。
「武也……」
「なんてな……俺もそろそろ覚悟を決めないとな」
武也は高校時代とはちょっとだけ変わった。本命の女の子だけ付き合わない姿勢はどこかへ消えて、明確な基準が生まれた。
女の子とサシで飲まない。合コンに誘われても二次会にはいかない。三年前と同じことをしようとする俺の馬鹿さがひょっとしたら武也にも移ったのかもしれない。
そして俺は高校生だった時と同じように信頼を積み重ねて、就職活動で実質的に参加が厳しくなる四年生を除いた心おきなく楽しめる最後の学園祭でまた馬鹿をしようとしていた。届かない恋を歌おうとしていた。
「北原くん、飯塚くん。今日の練習ってどこでやるんだっけ?」
「あ、雪菜ちゃん。えっと今日の練習は……悪い、春希。どこだっけ?」
「第二体育館のA面だって言っただろ……」
小木曽雪菜とは三年前の学園祭のあと、水沢依緒の紹介で正式に知り合うことになった。三年連続ミス峰城大附の美少女は大学に入っても健在で、現在二年連続のミス峰城大だ。
そして現在武也たちのバンドのボーカルを務めている。
「だって、雪菜ちゃん。他のメンバーももうすぐ集まってると思うし、俺は春希ともう少し話すことがあるから先に行っててよ」
「うん、わかった。北原くんは忙しいんだから、あんまり邪魔しちゃダメだよ?」
ばいばいと手を振って、小木曽は去っていった。
「俺と話すことなんて少なくとも今はないだろ?」
「春希、歌の方は俺に任せてくれればいい。だけど、あいつはどうするんだ」
「それはもうとっくに話はついているはずだろ?」
「けど、このままじゃお前の自己満足で終わっちまうぞ!」
武也の叫びに驚いて周りがしんとする。視線がこっちに集まるが忙しい大学生たちはすぐさま自分たちの仕事に戻っていった。
「それは三年前も同じだ。何も変わっちゃいないさ」
「……わからなくともあいつが聴くか聴かないかは大きな違いだろ」
「言ったろ、俺はあれを歌ってもらえればそれで満足なんだよ。それより練習だろ、届く届かないの勘定をする前に完成させてくれ」
俺の言葉に武也は僅かに不満そうな顔をする。どうやらまだ言い足りないらしい。それでも不承不承といったふうに立ち上がる。練習時間のタイムリミットが近づいていた。
「しゃーねえな、行ってくる。春希も無理すんなよ。せめてお前だけは聴いてくれ」
「なあ、武也」
「なんだよ?」
「お前こそ、どうするんだ?」
「ギター。弾き続けてんだ。もうわかるだろ」
「それもそうだな」
女の子を口説くためにギターを使うなんて、高校生や大学生にとってはよくあることだ。俺も武也も同じことを考える。
水沢依緒と飯塚武也。
あの二人の関係は見ているこっちがもどかしくなる。
だからこそ、うまくいってほしい。もう手遅れになってしまった俺とは違って武也には可能性がある。
依緒に見せつけるように女を取っ替え引っ替えしていた武也は変わった。誠実になった。
頑張れよ、武也。
そんなふうに親友の恋を応援しながら、俺は手元のリストを仕上げていく。