泣き言 in ライトノベル

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冴えない彼女の倒しかた第一話

 舞台袖で聴いていた旋律はいつだって心に響いた。

どこか懐かしさと燃え上がる情熱を刺激するそれは観客を魅了してやまない。突っ走り気味なファーストギターをさらに煽るように引っ張り出すセカンドギター。それらを宥めて、柔らかく包み込むベース。そしてその隙間を丁寧に埋めていくドラム。

 そして、その中でも存在感を失うことなく、むしろ強烈なそれを発し続ける透き通るような歌声。懐かしい歌詞がその歌声に乗せられて心の中の記憶を呼び覚ましていく。

 いつだって、何度聞いたって俺はこんなの卑怯だ、そんな風に思ってしまうのだ。

「ありがとうございま~す。ええっと、『icy tail』です!」

 そんなバンドの演奏も一曲目が終了してMCに入る。演奏に関しては全く心配していないがMCに関しては別だ。

「「え? なんだって?」」

 そして自己紹介の言葉に最早定番となった観客からの返しの言葉が入る。ボーカル様は毎回恥ずかしがって終わったあとにありえないを連呼しているが、このネタだけは一度も欠かさない。

「もう、しょうがないなぁ、『アイシテイル』って言ってるじゃん! 今度こそ覚えてもらえるように二曲目、いきま~す。タイトルは『トモに贈るバラード』」

 そして観客の歓声とともに全員のジングルが入り、まだまだライブは続く。後ろに進めば進むほど観客のボルテージは高まっていった。

 

「はー、楽しかった~!」

 演目が全て終了し、片付けも終えてライブハウスの外に出ると先程まで舞台のど真ん中で歌っていたショートカットの美少女が思い切り歓声をあげる。さて、今更ながら自己紹介を兼ねて登場人物の名前を出していこうか。

「うんうん、毎回言ってるけど、凄い盛り上がりだったよね!」

 サイドポニーでメンバー内で一番背の低いマスコット。で、声オタ。ライブに参戦しまくり、自らもギターからオタ芸までこなすマルチプレイヤー。○樹○々のバックバンドを夢見る女の子である姫川時乃、通称トキ。

「ねね、ミッチーもニコ動に参戦しようよ~、今なら余裕で再生数稼げるよ~」

 ちょっとだら~とした口調のショートカットにそばかす顔のお調子者、なおニコ厨、でボカロPの彼氏を持つと言われ、ボーカルをさらなる沼に引きずり込もうとする水原叡智佳、通称エチカ。

「…………最高」

 冷静沈着、無口で無表情なバンドのリーダー、の普通なオタク。某けい○んにハマり一押しキャラがドラムだったためにスティックを握ることになった森丘藍子、通称ランコ。

「やっぱり誰かを感動させるってたまらないね!」

 そして最初に発言していた、女の子にしては珍しい長身、スラリと伸びる手足、体育会出身らしく均整も取れていて、むしろ格好いいに分類されるビジュアルを備えた女子。バンドメンバーの中で唯一オタク文化にさほど馴染みのないボーカル兼ギター氷堂美智留、通称ミッチー。

「当たり前だろ、俺がマネージャーやってんだ。勝てるフィールドを常に用意してやるさ」

 そして成り行きでマネージャーを務めることになった、ボーカルのイトコでもある俺は安芸倫也という。このバンド内での通称はアッキー。

 icy tailは基本的にはアニソンバンドだ。より正確に言えばインディーズロックバンドだと思っていたら実はアニソンバンドだったでござる、というわけだ。

「やっぱりあれだよね! まだミッチーがオタクのノリに慣れてなくてMCの度にテンパっちゃって、正直その初々しさがたまらんのよね~」

 そう、本来生粋のオタクではない美智留がアニソンバンドに入っているのはそういう背景があったからなのだ。

「だからあんたがあんまりオタク色に染まるのはどうかとは思うけど、慣れていくことは大事だよね!」

 最近、美智留に対してもオタク文化を布教しているのは俺です。いきなりアニメはハードルが高いからOPEDから入らせているせいでさらに出費がかさむようになったのは嬉しい悲鳴だ。

「……皆ミッチーに萌え萌え」

「やめて! まだあたしはオタクじゃないの~!」

 そんな美智留の否定もどこか嬉しそうで軽い冗談。もう、立派なアニソンオタクのはず……だ。

「それでトモ、次のライブはいつなの?」

「そんなの気にする必要なんてねーよ。お前らが全員日程が空いた日にスタジオを取ってくるのが俺の仕事だ」

 icy tailのマネージャー業務はもう二年も続いていた。評判もうなぎのぼりで今では知る人ぞ知るみたいな扱いである。流石にメジャーデビューはまだだが、同人CDはかなり売れている。

「お、流石マネージャー! かっこいいこと言うね~」

「取り敢えず目指せメジャーデビューかな?」

「……アニメのOPEDを担当できるとか胸熱」

 しかし、トキ、エチカ、ランコの三人に対して美智留は違うとばかりに首を振る。

「トキ、エチカ、ランコ。あたしたちが目指すのは武道館だよ! 武道館ワンマンライブを目指すの!」

 流石美智留だ。スケールが違う。武道館というとてつもなく遠い目的地。けど、こいつならあながち法螺吹きにも聞こえない。

「「「…………」」」

 何言ってんだこいつ、みたいな表情で三人の瞳が美智留を見つめる。

「あはははは! 流石だね、ミッチー!」

「その前にニコ○コ超会議にも参加したいね!」

「……夢は大きいほうがいい」

 そして、皆して大声で笑った。いや、ランコは微笑む程度だけど。無口キャラらしいな。

「それじゃあ、皆いくよ!」

「お~!!!」

 と勢いよく決起をしたところでトキが思いついたとばかりに声を上げる。

「せっかくだし、これから打ち上げでもしない? ファミレスとかでもいいからさ~」 

 しかし、そういうお祭りごとに一番興味があるであろう美智留はバツが悪そうに頬を掻いている。

「いや~、これからあたしとトモは用事があってさ。ごめんね、打ち上げには参加できない……かな?」

 美智留のその言葉にメンバーの三人はなるほどといった得心の表情を浮かべている。いや、俺はそんなことは聞かされてないからね?

「それなら仕方がないね~、ミッチーもアッキーもどうぞお楽しみに!」

「じゃあ、打ち上げはまた今度。もちろん、もっと豪勢にね」

「……いってらっしゃい」

 三人が三様のリアクションで送り出してくれた。俺たちも手を振り返して目的地へと進む。……だからどこに行くかはわからないよ?

「なあ、美智留。どこに行くんだよ?」

「う~ん、トモならすぐにわかると思うよ」

 はぐらかすような美智留の態度に疑問は募ったが、電車に乗り込み、秋葉原で降りた時にはそれらは氷解していた。

 秋葉原といえば(少なくとも俺にとっては)オタクの街。美智留にとってのオタク文化とは基本的にはアニソンだ。

「で、今日は誰のシングルを買いに来たんだ? それともアルバムか?」

「ちょっと、ね」

 そういって美智留はとらの○なに入る。ア○メイトではなく。一般人には同じオタクショップと思われがちだが随分と実態は違う。と○のあなではむしろ同人グッズの方がメインになる。

 もちろん店舗特典なんかの違いでとらの○なで買ったりする場合もあるけど、やっぱりとらのあ○といえば同人なのかもしれない。

「やっぱり、こういうのは自分で買ったものが欲しくてさ」

「ああ、そういうことか。てっきり米澤○とか津田○里とか、上○れなとかのCDでも買うのかと思ったぞ」

「いや、それなんて……この話はやめよう、トモ。そんなことより案内してよ。あたしたちのバンドの最新CDが置いてあるところにさ」

 というわけで三階。基本的に同人ソフトが置いてある。これより上は腐海なので生半端な覚悟で挑んではいけない。

 目の前にあるCDディスクを美智留はしげしげと見つめている。その横顔はやはりどこか嬉しそうだ。ちなみにパッケージは柏木エリ。提案した俺が言うのもなんだけど随分と豪華なシフトだ。

「じゃあせっかくだし、他のも見てくか?」

 と売り場から去ろうとしたとき店員のありがとうございましたという何気ない声に反応してしまった。振り返った先には長い黒髪。そして懐かしい後ろ姿。見間違えるはずもない。

「トモ? どうかしたの?」

 どれだけ、そうして固まっていたのかわからないが、美智留の呼びかけでハッと意識が戻る。

「いや、何でもない」

 そして丙瑠璃の後ろ姿を頭から振り払った。あの決別から二年、進路を違えた俺たちは未だ合流していない。

 

 

第二話