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泣き言 in ライトノベル

ライトノベルの感想を真面目に不真面目に書きなぐるサイト

冴えない彼女の倒しかた第二話

冴えない彼女の育てかた ss(二次創作)

「ふ、ふ、ふ……くっくっく……なんなの、この主人公。なんでこんなに鈍感なの? いえ、むしろ精神障害とかそっちの方を疑うべきでしょ! なんでこんな男を好きになったのか理解できないし、そのくせライバルが多いとかやってられないでしょう!」

 トランスモードに入った作家は編集ましてや、下っ端が止めることなどできやしないのだ。沢山の小説やら資料が詰まった本棚、きちんと整頓された机、にベッドという非常にシンプルなお部屋の一角に俺は縮こまっていた。正座で。作家命令で仕方がなかったのだ。

「うん、あなたが私のことそんな風に大事に思ってくれていただなんて……、うん、これは嬉し涙。あなたの本当の気持ちを知ることができて嬉しいの」

 決して俺は何も喋ってはいない。机に向かい一心不乱にキーボードを叩いている美人女子大生作家の完全なる一人芝居だ。俺が編集を担当している黒髪ロングの腹黒毒舌の持ち主が目の前のそれなのだが……

 正直、帰りたかった。

 ここらへんできちんと紹介しておくと奇声混じりの一人芝居を続けながら執筆している彼女は処女作、恋するメトロノームで五十万部を売り上げ、新作においても同規模のヒットを飛ばしている新進気鋭のラノベ作家霞詩子であり、俺の高校時代の先輩である霞ヶ丘詩羽だったりする。現在早応大学二年生。

 自己紹介は前章でやっているため割愛するが、どうして俺がこんな状況で逃げ出さないかというととある事情によるものだ。

「あら~TAKI君、やっと電話に出てくれたわね。ところで詩ちゃんの原稿はまだ上がってないのかしら? 締切は昨日のはずなんだけど? 一昨日ほぼ完成しているって報告くれたわよね? 詩ちゃんを腕を疑うわけじゃないけれど、ほぼの、残りを埋めるのに二日も時間がかかるのかしら?」

 という、副編集長である町田さんから催促の電話がかかってきたことに端を発する。遡ること一週間前……

 

「うん、半分位までだけど面白くなりそうだと思います。先輩、今回はいつ頃までに上がりますか?」

「だから、もう先輩じゃないって何回、ってもういいわ。それと原稿なら、そうね、なんとか締切前までには上げるわ」

「いやあ、本当は上がったあともチェック入れたいですけど、今回も時間がないので仕方がないですかね?」

「そりゃ仕方がないわよ。副編が鬼のようなスケジュールを組んでくるし、新人のくせに生意気な担当編集が信じられないくらい厳しいチェックを入れてくるから執筆に割く時間はそれはもう微々たるものよ」

「全国にいる霞詩子ファンを納得させられるような出来じゃないと俺は出版を許さないからね。それに納得できない出来だと俺に見せてすらくれない先輩も十分悪いからね?」

「仕方ないじゃない……納得がいかない文章を倫也くんに見せるわけにいかないわ」

「そういうプロ意識はありがたいですが、本当にプロならクオリティとスピードの配分も考えて欲しいですけれど……」

「……そういうことじゃないのだけれど、まあ、締切には間に合わせるから安心していいわよ。……その、執筆に取り掛かるから」

「うん、了解。取り敢えず締切の半日前になったら原稿を取りに来るから。もちろん、それより早く上がったら連絡してください」

 というやりとりがあって俺もすっかりと安心していた。そして約束の時間に部屋に入ってみれば……トランスモードで執筆を続ける詩羽先輩がそこにはいた。しかも、横から覗いてみれば終わっていたはずの序盤を書き直していたというおまけつきだ。どうしてこうなった。

 背後から撃ちたくなったよ、思わず。

 締切は守ろうね、みんな。

 

「で、どうしてあんなことになったのか説明していただきませんか? 詩羽先輩」

 何とか書きあがった原稿にすぐさまチェックを入れて、問題ないことを確認してから編集部に送ったあと、慰労と反省会も込めて俺と先輩は喫茶店の中にいた。

「内容が気に食わなかったからプロットから書き直したのよ」

「一応、俺もチェック入れましたよね!?」

 いや、びっくりするくらい面白くなっていたからそれはそれでいいんだけど、編集としてはそんなことをされては困るわけで。つまるところあんなこととは締切に遅れたことと当初のプロットとはまるで違う結末になっていたことだ。そういう問題じゃないと言えないあたり、根っこの部分は変わらないのだと実感させられる。

「読者に対して最高の物語を提供するのが作家の役目、その結果、原稿が落ちそうになったら何とかするのが編集の役目でしょ、倫理君」

「二年目の下っ端にそれを期待するのは流石に荷が重すぎます……」

「いいじゃない、どうせこのシリーズだって結局は倫理君の手柄になるんでしょう? 殆ど何もしてないのに」

「本人が一番気にしているであろうことを何の躊躇いもなく口に出さないでください!」

「大丈夫よ、いくら倫理君が有能な作家に寄生するヒモに成り下がっても私は決して見捨てたりなんかしないわ」

「一応、社会人ですからね、自分! ちゃんとお給料をもらって仕事してますからね!」

 補足しておくと高校卒業後俺はバイトとして続けていた編集をそのまま職業にしている。それも殆ど町田さんのゴリ押しみたいなもので実質先輩の専属だ。というか、俺を使わないといけないって先輩はどれだけワガママを通しているんだ……。

 それを考慮すればバイトの延長みたいなものだ。だからこそ、生活を成り立たせるためにそれこそ色んなことに今では手を出している。

「そうなのよねえ~。倫理君、社会人なのよねえ~。全く信じられないわ。弟子が編集についているなんて、とんだお笑い種よね」

「返す言葉もございません……」

 実際に先輩の編集をしていてこちらの方が勉強になっているということは多々ある。……すいません、見栄を貼りました。殆ど、こっちの勉強です。

「それで、私たちはいつまでここに居るのかしら?」

 と、唐突な話の変換。先輩の声音もちょっとだけ真剣さを増す。

 そう、今日の反省&慰労会はいつもとは少しだけ違っていた。普通なら、すぐさま街へと繰り出してありとあらゆる書物を収集するという名目でデー……ショッピングをすることが最優先で、基本的には食事なんて殆ど取らないし、本当に必要最低限だ。けれどまあ、今回ばかりは喫茶店でこうして話を続けていた。

「今日は先輩に渡しておきたいものがあってさ」

「え、それってまさか」

 そういって俺はリュックの中から紙袋を取り出す。

「はい、ファンレター」

「…………ええ、知っていたわ。十九歳になって倫理コードから解放されたはずの倫理君が未だにそういうことをまったくもって理解していないことなんて最初からわかっていた。だから全くこれっぽっちも期待なんてしていなかった」

「えー、何その怖い呟き」

 先輩は俺が取り出したものがファンレターだとわかると急に執筆時のトランス状態みたいな呪詛を垂れ流し始めた。……あんまり聞き取れてないからね?

「作品を応援してくれる大切なファンからのお手紙だから、受け取ってあげてよ」

「有象無象からの評価より、一番の人からの評価の方がありがたいってなんで気づかないのかしら。今回の感想だってまだ教えてもらっていないし」

 だから、そういう小さい声で喋るのやめませんか?

 俺の熱心な説得が通じたのか、先輩はファンレターの山へと手を伸ばす。

「え~と、『まさか沙由佳が復活するとは思いませんでした。真唯にもまた出番をあげてください』ね、残念ながら真唯を登場させることはだけはありえないのよねえ」

「え、こんなところで音読しちゃうの?」

「別に構わないでしょう? こんなところで渡してきたのは倫理君の方なんだから。えっと次は『この一体誰とくっつくかわからないぎりぎりの恋愛模様が霞詩子先生らしいくて大好きです。これからも胃の痛くなるのような話を書き続けてください』か、……ねえ倫理君これって褒められているのかしら? 恋するメトロノームもそうだけどやっぱり今回もネットでは各ヒロインの派閥がお互いを叩きまくっているらしいじゃない?」

「それ前にも言った覚えがありますけど、あなたがぎりぎりの三角関係どころかハーレムを構築してしまったせいなんですからね?」

「そうやって読者たちの心を殴りつけていくのはすこぶる楽しいわ」

「あかん、この人邪神だ……」

「ふふ、何とでもどうぞ。次はっと……」

 次の一枚に手をつけたところで先輩の動きが一瞬止まる。

「どうかしましたか、先輩?」

「ねえ、倫理君。別にこれは私の家に持って行っても何ら構わないのよね」

「構いませんが、どうかしましたか?」

「いえ、よく考えたらここじゃあ、めぼしい信者を見つけたとしても乗り換えにくいと思ったものだから」

「うたねえ!?」

「まあ、冗談はさて置き、そろそろ出ましょうか」

 先輩はテーブルに置かれた伝票をつまんで立ち上がる。

「いや、これくらい経費で落としますって……」

「いいじゃない、久しぶりのデートなんだから奢らせて頂戴」

 うん、誤魔化しが効かないけど傍から見たデートなんだろうな、定期的に同じ店でお茶してるって。

「……そうだ、先輩も今回の作品も神でしたよ、文句のつけようのないくらい」 

 だから、それをからかわれたらこれくらいの仕返しは許容されていいだろう。

 

第一話