WHITEALBUM2-冬に響く歌声1-
「どうすんだ、エントリー。締切って明日だろ?」
崩壊したバンドのギターとギター見習い。そのギターで親友の飯塚武也は溜め息をつく。
「……そうだな」
「悪かった。春希、いろいろとな。本当にすまん」
武也は珍しく、真面目に頭を下げる。こいつにもいろいろな後悔があるのだろう。それはもちろん、俺にも。
「いや……いいよ。別に、叶わなかったら所詮その程度のものだった、ってことなんだろうよ」
「春希……」
「…………」
沈黙が第一音楽室を支配する。ここをうちが使うのはもうないだろう。
「ああ! 湿っぽいのはやめにしようぜ。春希! そうだな……屋上でも行って思いをぶちまけようぜ。ぱーっとな」
「なんだよそれ。周りに迷惑だし、そもそもそんな馬鹿みたいに恥ずかしいことやってられるか」
「いいから、こいよ春希。すっきりするだろうさ、いろいろとな」
武也の言ういろいろが、俺には理解できた。忘れるはずもない俺が武也に誘われるがままにバンドをやることになった元。今まで優等生として積み上げてきた信頼を崩すかもしれない、馬鹿をやることになった原因。
「……わかったよ。これが最後なんだ。お前に付き合ってやるよ。いくらなんでも明日までにベースとドラムとキーボードとボーカルを調達するのは無理だろうからな」
「あんまり舐めるなよ、春希。俺が声をかければメンバーの二人や三人……四人なんて楽勝だ」
「やめとけよ、武也。そんなぎりぎりまで残ってる女の子なんてお前の遍歴が足を引っ張るぞ」
「そのナチュラルに批判するのはやめてくれ」
「ほら、屋上行くんだろ?」
そうして第一音楽室を出て、俺は屋上へと向かう。また最後の一回は延期だ。
「本当に悪かった。すまん」
後ろから武也がもう一度謝ってくる。
「いいんだよ。もう、終わったことだ」
武也の珍しすぎる誠実な態度が俺の想いを萎ませていった。そう、バンドを始めたことはよかった。あれを武也に託したこともよかった。
けれど、癖のありそうな後輩の女の子をバンドに入れて女絡みで崩壊した時点でもう、終わってしまった。バンドで女の子の気をひこうとするなんて、そんな勇気のないことを選んだ俺へのちょっとした罰みたいものだ。結局、届かない恋なのだから。
武也と屋上に登ると先客がいた。金網に手をかけたまま外を眺めている綺麗な女の子。
二年連続ミス峰城大附属を獲得した美少女。小木曽雪菜だった。
「あれ、雪菜ちゃんだ。どうしたの、こんなところで?」
武也は馴れ馴れしく下の名前で小木曽を呼んでいた。クラスも違うくせに可愛い女の子だとすぐこれだな。
「えっと飯塚くんと……あの、どうしてここ?」
その視線が一瞬、俺の方を向いて、すぐに元へ戻る。接点がないから名前を知らないのは当然か。
「えーっと」
武也が言葉に詰まって俺の方を見る。バンドが解散してその鬱憤を晴らしに来たなんて恥ずかしいことはこいつは言えないのだろう。
「まあ、気分転換っていうか。いろいろあってね」
「うん、わたしもいろいろあってかな。ごめんね、もう帰るから」
「あの、雪菜ちゃん――」
「やめとけ、武也」
「どうかしたの、飯塚くん?」
屋上から出ていこうとする小木曽を武也が呼び止める。こいつ小木曽を勧誘しようとしやがった。小木曽の方は立ち止まって、こっちを見ている。
「こいつは、春希。三年F組の北原春希。俺の親友だからさ、紹介してくて」
「そうなんだ、よろしくね。北原くん」
「あ、ああ。よろしくな、小木曽」
小木曽はそう言って背を向け、階段を下りていく。ドアが閉まって、足音が聞こえなくなるまで黙ってしまった。
「おい武也。どういうつもりだ」
「それは、バンドに誘おうとしたことか? それともお前を紹介したことか?」
「両方だ。特に前者。小木曽はそういう目立つこと、好きそうじゃないだろ。無理矢理誘っていいものじゃない」
「誘ってはいないけどな」
「とにかく、それはもう終わったことだろ」
「まだ明日があるだろ」
可愛い女の子が出てきたら、すぐさまやる気を出そうとするあたり、いかにも武也らしい。褒めてはいないが。
「いいんだよ。何度も言ってるけど、終わったことだしお前が謝る必要なんて、ない」
「綺麗だな、夕暮れ」
太陽が沈みかけている景色は美しく、なんだか心が洗われるようだ。
「ありがとな、武也」
「やめろよ。謝ることはあっても、感謝されることはねえよ」
「それでも、だ」
吹っ切れるころができたんじゃないかと思う。自分自身すっきりしている、この後のことを考えれば。音楽室のお隣さんとの最後のセッションだ。それですべてが終わる。WHITEALBUMの旋律に乗せて俺の初恋は叶うことなく、届くことなく終わる。