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僕らは誰も悪くない。 第一章 第一幕 第二節

第二節です。

【昌武】
「ただいま、あやめ」
重たいドアを開けるとやや薄暗い玄関が出迎えてくれる。
もちろん、俺を待ってくれているのは、それだけじゃなくて……
【あやめ】
「あ、お、お兄ちゃん……お、お帰り……」
キッチンの奥の部屋から可愛らしいワニのパジャマを着た小柄な女の子が顔を覗かせる。
……ワニのパジャマって、実際のところ可愛いんだろうか?
【昌武】
「おお、ただいま……って二回目か。今日も一日、大人しくしてたか?」
【あやめ】
「……はい、あやめはお家大好きっ子ですから。それとお兄ちゃんも大好きっ子です」
【昌武】
「うん、俺もあやめのこと、大好きだよ」
ちょっと、女の子にしても小さすぎる身長は、育ちの悪さ(あくまで身体に限る)が伺える。
寝る子は育つというが、致命的な運動不足と食の細さはまあ、どうやら成長を妨げてしまうわけで。
【あやめ】
「……そういうことじゃないと思うのです」
【昌武】
「ん? 何か言ったか?」
【あやめ】
「何でもないです」
【昌武】
「それじゃあ、ご飯にするか? あやめは準備した……わけないから、さっさと作るよ」
【あやめ】
「あっ、ご、ご飯だけは炊いておきました」
【昌武】
「えっ……」
毎度毎度一応は聞いておく天丼芸が、なぜか通じなかったことに驚いた。
この妹は悲しいことに料理方面においては不器用を極めてしまっている。
【あやめ】
「あ、あやめだってやればで、できるんですから!」
【昌武】
「だ、大丈夫だよな!? お米二合で二合の線までお米をいれたりしてないよな!?」
【あやめ】
「そ、そんな失敗は一度しかしてません!」
【昌武】
「おい」
そういえば、最近ご飯の減りかたがちょっと凄いような……
【あやめ】
「あ、あやめも、お兄ちゃんのお役に立ちたくて……」
【昌武】
「頼むから、もう少し調べてからやってはくれんか? いや、気持ちに関しては本当に嬉しいんだが、とりあえず、できることから始めてくれ……」
普段なら『はい、頑張ります!』と返ってくるはずなのに、なかなか、その返事は俺の心に届いてはくれない。
【あやめ】
「あやめの、できることって、何ですか?」
それは、あんまりにも切実で、あんまりにも些細で、けど、やっぱりあやめにとっては差し迫った事態なんだ。
【昌武】
「…………」
黙っちゃ、ダメだろ……。こういうとき、妹を、慰めてやるのが、そんなことないよって言ってやるのが、兄としての役割なんだろうが。
【あやめ】
「やっぱり、あ、あやめはダメな子、ですか?」
不安そうにあやめは、キッチンに立つ俺を見上げる。誰だって不安は抱くけど、あやめの抱えるそれは俺とは全く別種のもの。
【昌武】
「……これは、あんまり言いたくなかったけどさ、あやめはダメな子でいいよ。ほら、よく言うだろ? ダメな子ほど可愛いって」
【あやめ】
「でも、そうしたら、あやめはなにもできない子です……お兄ちゃんが頑張っているのに、何もできない……何もしちゃ、いけないんですか?」
【昌武】
「……できることから始めような? 軟にもできないなら、覚えることから始めような?」
【あやめ】
「でも、あやめは……」
【昌武】
「――何というかさ、基本的に下の子ってダメな方がいいんだよ。いつまでも面倒見てあげたいって気分になるし、そこがいい」
俺はお兄ちゃんだ。だから、自分が結構苦しい側に立っていたとしても、漏らす訳にはいかないんだ。大も小も、泣き言も。
【昌武】
「けど、そういうのって下の子からすれば、面白くないわけで、けどさ、そういうのって上のお兄ちゃんとしてはダメなんだ」
妹に対する二律背反した思い。
【昌武】
「妹がどんどんできる子になって寂しくなるけど、けど、成長してくれて嬉しい。お兄ちゃんだって、色々悩んでる、だからまだまだ若いお前が、悩まないと、もったいないだろ?」
いや、泣き言を漏らせないとか言った口で悩んでるなんて、何言ってるんだよ。
【昌武】
「だからできるとかできないとか、気にするな。俺にしたらお前ができる子でも、できない子でも、大切な俺の妹であることに変わりないからさ」
あやめはその言葉をぐっと噛み締めて、俯いた目線をあげて、しっかりと俺の方を見つめてきた。
【あやめ】
「あ、あやめは、お兄ちゃんの妹で、い、いいですか?」
【昌武】
「もちろん」
【あやめ】
「―――――」
あやめがありがとうと言って、俺はその低いところにある頭をぐしぐしと撫でてやった。

 

第一節