泣き言 in ライトノベル

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冴えない彼女の祝いかた

「ふぅ、これで一段落かしら」

 私はPCのモニターから目を離して、背を伸ばす。第一稿を完成させ、たった今不死川文庫編集部に送ったところだ。締切まであと二時間ばかりという厳しい状況ではあったけれど、なんとか間に合った。

 時計を確認すると十一時半を回っており、もうじき日付が変わる。今日は一月三十日。私の誕生日の前日。

 そろそろ、彼も来る時間帯だろう。

「シャワー、浴びておいた方がいいかしら?」

 そういう展開もあって然るべきだとは思う。彼だって、もう十八歳未満という言い訳は使えない。どこかの金髪ツインテールから言わせれば捨てられないように必死、ということなのだろう。

 当たり前だ。結局のところ、私と彼との間にあるのは作家と信者、師匠と弟子というおおよそ男女の関係と結びつかないものばかりだ。強いて言えば、意表をついただけのファーストキスの相手ということになるのだろうけれど、それだって私にとっては頼りない。

 だからこそ、澤村さんや、氷堂さんの幼なじみであったり、加藤さんの運命の相手みたいなわかりやすい属性がほしかった。そこで肉体関係で縛ろうとするあたり彼女は私のことをビッチと呼ぶのだろうけど、私だって捨てられたくはない。使えるものだったらなんだって使う。

 まあ、彼女が彼との綺麗な関係を夢見ている理由もわからなくはないけれど、それとこれとは話は別だ。

「やっぱりやめましょう。無駄に気合入ってる痛い女だと思われても仕方ないし……」

 彼のことだ、どうせ本当に私の誕生日を祝いに来るだけで狼みたいに私の処女を奪ってやろうなんて考えは全くない。純粋に、善意として、私の誕生日を祝ってくれる。ただそれだけ。 

 そういう夢を見ないようにするのにはもう慣れた。ほんの微かな期待は宝箱の中にしまっておけばいい。

 ピンポーンとインターホンがなる。画面を確認するといつも通りの冴えないオタクが映っている。片手にはおそらくケーキだろうか、白い箱が、もう片方の手には事前に買ったであろう、コンビニの袋が、それぞれ握られていた。

「どうぞ、入って不倫理くん」

「いや、そういうのしてないし!」

 鍵を解除すると彼は慌てて入ってくる。何度か彼を家には招待しているのだけれど、いまだに慣れていないみたいだ。

 着替えようかとも思ったけれど、流石に不自然か。どうせなら応対する前に着替えておくべきだった。寝てた、なんて言い訳を使えばちょっとくらいは余裕のある姿を演技できたかもしれない。どちらにせよ、もう遅いけれど。

 しばらくするとまたインターホンが鳴る。

「誕生日おめでとう、詩羽先輩」

 ドアを開けると荷物を抱えた彼の姿。ああ、本当に来てくれたんだと嬉しく思うと同時に今日も何も起きないのだろうと寂しさが湧いてくる。

「どうもありがとう、倫也くん。ところでゴムはちゃんと買っておいてくれた?」

「え、いや、うん。買ってないよ……」

「……?」

 やけに彼らしくない物言いだ。普段の彼なら慌てて否定すると思ったのだけど……。

「まぁ、いいわ。こっちよ倫也くん」

 彼をリビングまで通すと、私はいつものソファーに座り、当然その隣に座るように彼を促す。

「はいはい」

 最初の頃は照れていた彼も今では特に何事もなさそうにこなしてしまう。初心な反応を楽しんでいたという面もあるけれど、私が主導権を持っている間は、ちょっとだけ安心できたから。

 彼が広げた料理はそれなりに豪勢で、彼なりにお金をかけたのだろうなと思わせるものだ。それは嬉しい。純粋に。けれど、やはりそれは発展性のないもので――

 ふいに視界がぐらつく。というより、九十度回転してソファーに寝そべっている、つまり押し倒されていることに気づいた。え、だって、そんなことができるのは倫也くんしかいないわけで。

「詩羽先輩……」

 彼の顔がどんどん近づいてくる。心臓の鼓動がやけにうるさい。倫也くんに止まる気配はない。え、ちょ、待っ――

 

 意識が覚醒すると、そこは私の部屋だった。

 PCのモニターにはテキストエディタが映っていて、私が今、まさにやらなければいけない「フィールズ・クロニクル」のシナリオが書き連ねてあった。

「死ね――紅坂朱音」

 そう私はあのムカつく企画原案様の名前を呼んだ。

 

 ◆◆◆

 

「と、いう展開にしてあげようと思うんだけど、どうかしら。霞ヶ丘詩羽」

「どう? と言われてもいきなり呼び出されて『あんたの同人誌を書いてあげる』なんて言ったと思ったら内容の全くない夢オチ展開で面白みもないと言えば澤村さんはそれで満足するのかしら?」

「なによ、せっかくあたしがあんたなんかのために一冊書いてやるって言ってるのよ? 少しは喜ぶとか驚くとかしなさいよ!」

「いえいえ、ちょっとは驚いたのよ? 途中までは全く同じ展開だったから。あまりの一致ぶりに澤村さんがベッドの下に隠れてて、終わったあとに出てきて金属バット振りかざしハッピーバースデーされるのかと思ったわ」

「それはあんたの役割でしょ、ってえ?」

「じゃあ、私、家に倫也くん待たせてるから。同人誌楽しみにしているわ、柏木先生?」

「え、うん。っていや、どういう意味よ! さっきの台詞、と、倫也を待たせてるって。ちょ、ちょっと! か、霞ヶ丘、うたはああ!!!」