泣き言 in ライトノベル

ライトノベルの感想を真面目に不真面目に書きなぐるサイト

僕らは誰も悪くない。 第一章 第一幕 第一節

ぐるぐると回り続けるベルトコンベアで運ばれていく、一パック幾らかの惣菜はまるで俺みたいなものだ。大量生産品、代替可能度極めて高位。

積み重ねられた商品をコンベアに流し、空になったらまた次の台。そしてまた商品を流す。繰り返し、リピート、エトセトラエトセトラ。
【主任】
「あっ、そうだ。藤田くん、今日は残業できるかい?」
【昌武】
「……すいません、今日はちょっと用事がありまして」
【主任】
「ああ、そうか……いや、用事があるなら、仕方ない」
日雇い労働は基本的に安定しない。派遣会社の契約社員で一日や長くて一週間、一ヶ月の付き合い。一体どこに安定する要素があるというのか、何なら、俺が教えて欲しいくらいだ。
とはいえ俺がこうしない限り生きていけないことも、また事実。
だから必死こいて働いている。けど、そのくせ俺はちっぽけなプライドを捨てられないでいた。
【昌武】
「まあ、そんなんだから売れないんだろうけど」
俺は小説家だった。いや、だったというのは正しくない。今も、小説家だ。
売れない、売れていない小説家を、小説家と呼んでいいのだろうか。
本業の収入をアルバイトが上回っている状態で本業を名乗っていいのか。
という、まあ、そんな感じ。
そんな考えとはまるきり関係なく、ベルトコンベアは流れていく。業務用スーパーなんかに流通するだろう惣菜を流していく。
時間も流れていく。あるいは、出血していく?
若いといわれる時間はいつまでだろうか。いつまで若いと言われるだろうか?
年上ばかりだった同僚が、いつの間にか、同世代が増えて、いつの間にか、ぽつぽつと年下も出始める。
そんな俺を、若いだなんて、これからも先、未来があるかなんて、誰が言えるのだろうか?
勤務地から鉄道を二度乗り換えて、最寄り駅に辿り着く。帰宅ラッシュでごった返した駅は人がごみのように詰まってシンクに溜まる水を思い出させた。
【昌武】
「ああ、くそったれだ」
世の中はおおよそくそったれでできている。近年のデフレ傾向で経済規模は縮小を続け、あらゆるところから金を減らせ金を減らせの声が上がる。
議員の給料が高い、デザイナーへの報酬が高い、近所のレストランが提供するランチが高い、隣のマンションが高いせいで光が入ってこない。
まあ、最後のはともかく、誰も彼も金がないせいでものが売れない。ものが売れないせいで俺は生活に困っている。
ただ単に世界へ責任を押しつけた。自分の能力不足を、何かに押しつけた。
自分に能力さえあれば、解決する問題なのに。俺には、売れるための能力が、いや、才能がないのだ。俺は売れない小説家だ。
とてもじゃないが、本業だけでは食っていけない。
【昌武】
「……なんだ?」
ポケットの中のスマホが揺れた。
多分、編集さん。それ以外だったらよくわからないアイドルのシングルが流れる設定になっている。俺に連絡してくるのは妹くらいなもので、その妹が好きなアイドルなのだ。
だから、わざわざ着信にしている。
何回か編集さんにはからかわれたが、それを含めての、兄妹の仲というものだろう。
【昌武】
「……急ごう」
駅を出るとあたりはすっかり暗くなっている。そのくせ、周囲の飲食店やらコンビニやらの明かりが漏れ出して煌々と地面を照らしている。
フラワーショップの客引きを断り、横断歩道を渡り、私鉄の路線を潜る。
暗さも二の足を踏む住宅地を抜けると公園に出る。中心に大きな池がある、昼間はカップルがアヒル号に乗り、必死にペダルをこいできゃっきゃうふふする公園。
ついでにミステリーやらサスペンスでは、死体の発見場所として広く使われている隠れた、あるいは曰く付きの名所でもある。
【昌武】
「……はぁ」
人生はもう少し、楽にできていてもいい。桜が散るように、そして葉桜へと移り変わるように、紅葉し、雪が降るように、もう少しくらい滑らかな人生になってもいいではないか。
【?】
「どうかしましたか? そんな溜め息をついて、幸せが逃げてしまいますよ?」
ふっと、俯きかけた顔をあげると街灯に照らされた少女が微笑を湛えていた。
【昌武】
「幸福は逃げないよ。目の前のそれを掴めるか掴めないかだから」
【?】
「それなら、どうしてそんなに落ち込んでいるんですか?」
【昌武】
「そんなの、俺に幸せを掴む力がないからだよ」
その少女は大人には見えなかった。私服では、年齢の区別はできない。
大人びた顔つきと柔らかな表情のミスマッチがどこか怪しさをより誇大に誇張している気がした。
面白いキャラクターかもしれない。
大人っぽい見た目、子供っぽい性格。そういったギャップが、創作の基本だ。一辺倒ではなく、硬軟自在。
【?】
「幸せのための握力が、ないんですか?」
【昌武】
「幸せのための握力?」
【?】
「貴方が言ったんですよ? 幸せを掴む力がない、と」
【昌武】
「ああ、そうだな。きっとその力はないよ……」
【?】
「それはただ単に、鍛えていないだけではないですか?」
【昌武】
「辛辣だ。けど、まあ、多分? それは真実だ」
【?】
「だから、今、目の前にも転がっている幸せを掴もうとしないんですか?」
街灯という小さなスポットライトを一身に背負う彼女は、まるで、女優のようだ。舞台という戦場の先頭に立ち、刃を振るう。
そんな彼女が俺に差し伸べたのは、刃ではなく、白磁のような手。
【昌武】
「どういうことだ?」
【?】
「幸せを掴むための握力がないのでしょう? なら、私が代わって差し上げましょう」
彼女は光の下で、微笑を絶やさない。
【昌武】
「どういうことだ?」
【?】
「幸せを掴むことができないなら、幸せに掴んでもらえればいいのです」
周囲に人はいない。花見の時期には鬱陶しいくらい賑やかな公園も、今は静かだ。
けど、何か違う。かんかんかんと近くの遮断機が降りる音が聞こえる。それとは別に、物凄く近くで音が鳴っていた。
扉がノックされていた。
狭い部屋のうずくまって、その音を一人で聞いている。扉はどこにあるんだろうか?
【?】
「それとも、幸せに、幸せを仮託するのは、お嫌いですか?」
彼女は笑みを湛える。
溺れてしまいそうなくらいの水が流れ込む。道に従い、分岐して分岐して、分岐して……
きっと扉の場所もわからない部屋に雪崩れ込んでくる。
やがて、俺は溺れてしまう。扉がどこにあるのか、わからないくせに。
【昌武】
「…………」
言葉は、返せなかった。
【?】
「…………」
言葉は、聞こえなかった。
ただ、ひんやりとした、柔らかな感触が、手のひらに残った。

 

第二節