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泣き言 in ライトノベル

ライトノベルの感想を真面目に不真面目に書きなぐるサイト

冴えない過去への戻りかた

澤村・スペンサー・英梨々さん誕生日おめでとう

「ねぇ、トモくん。あんなこと、しなくていいよ。あんなところに、いる必要なんか……ないよ。だからあたしと」

 ピリリリと、目覚まし時計が鳴る。ありえない、夢。あたしが、見ていた夢だ。ねぇ、倫也。あたしが、あそこで、一緒に二人だけの世界に篭ろうって言ったら、あんたは付き合ってくれたかな?

 ううん、聞くまでもないよね。あんたは、絶対にやめなかった。あの場所に居場所を作ることを、やめては……くれなかっただろうね。でも、七年もろくに会話もしなかった、なんてことだけは、なかったかもね。

 そうしてれば、あたしたちの運命は変わったかな。もっとうまく、人生を過ごせたかな。霞ヶ丘詩羽と、『恋するメトロノーム』と『純情ヘクトパスカル』の作者である霞詩子と仲良く、やれていたかな。

 そうしてれば、恵に絶交されずに、済んだかな。スケジュールが前倒しになってきちんとゲームを完成させて、きちんと納入できて、冬コミで伝説を作ることが、できたかな。ううん、違うな。きっとおんなじことをしていただろうな。霞ヶ丘詩羽とは喧嘩ばかりして、結局マスターアップが遅れて、恵と倫也が喧嘩して、あたしは描けなくなってしまう。 

 ゲームの中では歴史の修正力が凄くて、主人公たちは何度も諦めそうになって、それでも頑張って運命を変える。そんなことがあたしにできたかな。あたしには、きっとできない。あたしには絵を描くことしか、きっとできない。だから、あれは本当に、どうしようもなかった。絵を失っても、倫也のそばにいるなんてことを、あたしは、選べない。

 ねぇ、倫也。あたしは、今度こそ、あんたの作ってくれる場所に戻ることを選べるかな。あんたの作ったオタクの城にあたしはいられなかった。そのことを謝るつもりはないし、だけどあんたの言うあたしの裏切りを許してもらおうなんて思ってない。

 ねぇ、倫也。あたしは、紅坂朱音に勝てるかな。あの、大人気なくて信じられないくらいの化け物に飲み込まれずに、勝てるかな。あたしは不安だよ、倫也。倫也の期待に応えられるか、あたしは不安だよ。あんたは、凄いもん。馬鹿としか思えないような行動力と、信じられない方向へ飛んでいく発想力と、誰もを呆れさせてしまう情熱があんたにはあるから。あたしたちの力がなくても、あんたはやっていけるんじゃないかって、思っちゃうんだから。

 ねぇ、倫也。子供のころの約束、あたしはちゃんと覚えてるよ。あんたが社長の会社の原画家。いつかきっとあんたが凄いやつになったとき、きちんと胸を張ってあんたの会社に入れるように、あたしのことを見ててほしい。あんたが期待してくれれば、あたしは……きっとなんだってできる。

 

「澤村さん、あなた本当に大丈夫なのかしら?」

「なによ、霞ヶ丘詩羽。別に、ぜんっぜんたいしたことないし。ちょっと倫也の気持ちがたくさんつまった東京ば○奈を食べ過ぎただけだし!」

 東海道新幹線、車内。マルズでの初めての打ち合わせを終えたあたしと霞ヶ丘詩羽は、帰路についていた。

「……そう、だったらトイレに行ってらっしゃい。正直、ここで吐かれてしまうと私も迷惑してしまうから」

「あたしが、倫也の気持……ち、を吐くわけ、ないでしょ……」

「ならいいけれど、できればその辛気臭い顔をやめてくれる?」

「してない! 辛気臭い顔なんて、全然してないっ!」

「安心しなさい。倫理君に関しては敵だけど、あの腹立たしい紅坂朱音に関しては、私は絶対にあなたを裏切らない。どんなにヘタレても、どれだけ無様に泣き叫んでも、私が一緒にあの化け物を倒してあげる」

「……行きで寝首をかかれなければ、その言葉も信用できたんだけどね」

「だから言い直したじゃない。倫理君に関しては敵だって」

 霞ヶ丘詩羽は、あたしのことを心配してくれている。あれほどの覚悟を持って臨んだ戦いでも、これほど頼もしい味方がいる戦いでも、やっぱり紅坂朱音は、怖い。

「……あんたこれから大学なんだし、あたしの心配よりも、自分の心配をしたらどうかしら?」

「澤村さん、知らなかったの? 大学生って暇だし、男の子一人に会う時間くらい簡単に作れるわよ」

「あたしなんてクラス同じだし、学校にいる間はずっと一緒にいられるし!」

「まぁ、そんなことをしてる暇は実際ないでしょうけどね」

「そりゃあ、ね」

 行きのときに言ったことだ。舐めた仕事をするには、失ったものが大きすぎる。酷い言い方かも、しれないけれど倫也と仲良くなんてしてられない。恵と、仲直りなんて、して……られな、い。

「だから、急に泣きそうになるのはやめなさい」

「な、泣きそうになって、な、なってないしっ」

「……そうね、これから訪れるであろう地獄のことを考えれば、人間関係程度で泣かれたらこっちが困るもの」

「あんたさっきと言ったことが違う! 一緒に頑張ってくれるって言ったじゃないっ!」

「あなたこそ、その誰彼構わず噛み付くところ、何とかしたほうがいいわよ?」

 

「ただいま」

「おかえりなさい、英梨々。これ、倫也くんからの預かりものよ。ちょっと遅れたけれど、幼馴染からの誕生日プレゼントってところかしら」

「ありがと、ママ」

 あたしは、そのプレゼントというにはちょっとどころじゃなく無粋な紙袋を受け取って、部屋へと戻る。許してくれたとはいえ、いまのあたしにこれを受け取る資格があるのだろうか。

「あははは、あいつ女の子の誕生日をなんだと思ってるのよ……」

 出てきたのは、フィールズ・クロニクルの歴代ソフトやら、アルティマニアなどの資料、色んなものがわんさかと。要するに、絶対に負けるなって、ことだ。倫也が、期待してくれている。それだけで、あたしは、頑張れる。

「あっ……」

 そして、その紙袋の一番底にできれば見つからないでほしいとばかりに隠されていた、小さい箱。中には、リトルラブ・ラプソディ。

 これはきっと、もういらないから返すなんかではなく、またいつか貸してくれ。

「さて、化け物退治と行きますか」

 未来を信じれば、あたしはきっとなんだってできる。