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泣き言 in ライトノベル

ライトノベルの感想を真面目に不真面目に書きなぐるサイト

WHITE_ALBUM2~夏を見ない狂騒~

「なぁ、今は夏だよな……」
「うん、夏だよ」
「ああ、夏だな」

 峰城大附属軽音楽同好会の同窓会は冬馬かずさ邸の地下にてしめやかにおこなれている、はずだった。本来ならば。

「夏といえば、海とかプールとか花火とかやってるはずだよなぁ……」
「あたしは水着を着るなんてゴメンだぞ? このむっつりめ」
「あれぇ、かずさ。『あいつはどんなのが好きかな?』なんて乙女発言をしながら水着を選んでいたのはどこの誰だったかなぁ?」
「ちょ、ちょっと雪菜、それは言わない約束だろ!」
「え~、だってあんまりにもかずさが可愛かったから仕方ないじゃない」
「そういう問題じゃないだろ!」
 一般的な大学生であるならば、海やらプールやら花火やら、そういう健全な遊びに興じていてもおかしくはない季節ではある。本来ならば。
「なら、なんでこんなことしているんだろうなぁ……」
 その本来が、なぜこのような形になっているのかという責任の大体はギターを弾く少年、北原春希に起因するのだ。
「うるさいな、春希。黙って弾いてろ」
「うんうん、春希くんがちゃんと弾けるようにならないと合わせられないんだからね」
 峰城大附属の学園祭ライブは、今では伝説、とまで言われているらしい。流石に言い過ぎだと春希は思っているが、けれど最高の時間を過ごすことができたという自負は本人の中に確かに存在した。
 そして、そこから一年と経過していない夏。おおよその大学生が暇になるこの夏休み、その伝説の担い手である三人が再び集い、続きが紡がれようとしていた。はずである。
「弾けなくなっているって可能性をきちんと考慮していないあたり、あたしも春希を甘く見てたなぁ」
 天才的なピアニスト兼その他色々を担当する冬馬かずさが師匠としての責任を感じれば、
「も~かずさったら、そこのところは春希くんはすぐにダメになっちゃうんだから、ちゃんと見ておかないと!」
 バンドの要である歌姫はそれを茶化してしまう。
「冗談でもいいからな、お前ら少しぐらい慰めを入れてくれ」
「うん、春希最悪シンセに打ち込んで、お前はエアギターでもやってろ」
「きっついな、それ!」
「じゃあさ、最悪春希くんでもできるような、タンバリンで舞台に立つ?」
「お前ら、自分たちが練習できないからってこっちに八つ当たりしてるんだろ、そうなんだろ!」
 とまぁ、ちょっとした修羅場になっているのは半年程経過しているとはいえ、ちゃんと弾けるだろうという冬馬かずさの見通しの甘さと春希くんなら大丈夫だよとその甘い見通しを鵜呑みにしてしまった盲目的な小木曽雪菜のせいだと言ってもいい――はずはなく、色々言い繕って言い訳したところで、大した才能もない北原春希がギターの練習をサボっていたせいに違いない。
「ほら、喋るなとは言わないけど、ちゃんと手を動かす」
 春希がまともに弾けたはずの『WHITE ALBUM』ですら、かずさにとっては合格点には程遠く、ましてや、ギターにとって最大の見せ場がある『SOUND OF DESTINY』なんて到底完走できないといったレベルなのだ。
 それでも、修羅場とは言っても、ギスギスとした雰囲気ではないのはまだ余裕があるからだろう。いや、あるのは信頼だ。
 あの狂乱のような一ヶ月間を走り抜けた仲間たちに対する信頼だ。
 ひょっとしたら三人はまた、あの一ヶ月を味わうことができるかもしれないとちょっとした期待感に胸を膨らませているのかもしれない。
 かずさに促されて、『WHITE ALBUM』の旋律が響き始める。しかし、その音は頼りなくふらふらと揺れて、安定しない。しょうがないなとばかりにピアノの旋律が、ギターを支え導いてく。すると仲間はずれはごめんだと言って、歌声が響く。柔らかでありながら力強い、確かな歌唱力に裏付けされた美しい音色が二つの音に寄り添う。
 そうして、『WHITE ALBUM』の旋律が紡がれる。
 春希の指があの伝説を思い出したかのように機敏に、それでいて正確に弦を押さえ音を生み出す。いつの間にか、たどたどしい指先だった春希は消えていた。
 そして、曲が終わった瞬間、雪菜もかずさもちょっとばかし恨めしい目つきで春希を見ていた。
「あ、いや、うん。これはかずさと雪菜のお陰だな! ありがとう、二人共」
「はぁ、こんなことになるなら最初からこうしておけばよかったな」
「まぁまぁ、それだけ春希くんの中であのライブが記憶に残っているってことでしょ? それで許してあげようよかずさ」
「……ほら、春希。今度は一人で弾いてみろ。まさか、あたしと雪菜の助けがないと弾けませんなんて馬鹿げたことは言わないよな?」
「んなわけないだろ、あんまり俺を舐めるなよ?」
 そして、また春希の指がギターの弦に触れる。『WHITE ALBUM』の旋律が流れ出す。けれど、それはどこかズレていて、先程のセッションに比べれば雲泥の差だ。それこそ、弾いている本人ですら理解しているような演奏。
 かずさと雪菜の咎めるような、やっぱりというか呆れるような視線が突き刺さる。
「春希くぅん……」
「春希……」
「いや、これはそのあれだな。うん、まぁこんなこともあるよな」
 ちょっとばかし苦しい言い訳。それを咎めるような視線がさらに突き刺さる。ちょっとだけ苦味が増した。
「ほら、今度はあたしたちが入ってやるから、もう一度始めるぞ」
 そして、春希のギターを皮切りに、かずさのピアノと雪菜の歌声が重なる。あの学園祭のライブの風景が三人の脳裏に浮かび上がっていた。あのうねるような熱狂が、耳を破裂させるような大歓声が、そんな幻想が浮かんでいた。
「おい、春希……」
 春希は、またあおの時のように完璧な演奏をしていた。そうして、三度目の視線が突き刺さる。
「流石に私でも庇えないなぁ、これは……」
 あの雪菜ですら、その呆れたような表情を崩さない。
 けれど、そんな視線でも、どこか嬉しそうな表情をしている。かずさも雪菜もあの雰囲気を懐かしく思っているのだ。
「うふふふふ」
「おい、雪菜。流石に笑い事じゃないぞ。こいつ、完全にあたしたちがいないとダメじゃないか」
「いやぁ、いいことだろ? お前らと一緒に弾いている限りはトチらないってことだろ?」
「そういう問題じゃない。あたしたちが間違えたら一体どうするつもりなんだ!」
「今は弾けるだけで、十分じゃない。それにかずさ、気づいてる? かずさの顔、すっごく嬉しそうだよ?」
 叱られている春希が恐る恐る、かずさの表情を伺おうとすると、
「今は反省してろ」
 と、かずさの拳骨が飛んでくる。
「いてぇ!」
「あはは、かずさ、顔真っ赤~!」
「うるさい!」
 かずさはというと完全にそっぽを向いてしまい、その表情を伺い知ることは春希にはできない。けれど、喜んでいてくれることが春希にとっては嬉しかった。
「ほら、春希。次は『SOUND OF DESTINY』だ。最初は一人で弾いてみせろ」
 春希がギターソロを完走できないことを確信した、ちょっぴり意地悪な笑み。
「あはは、それはいいね。ほら、春希くん、早く早く!」
「お、おいかずさ。最初くらいはピアノがあってもいいよなぁ!」
「ダメだ! 春希は一人で弾いてろ」
「おい、お前ら絶対に笑うなよ? 絶対だからな!」
「大丈夫だよ、春希くん。ここには春希くんの失敗を笑うのは二人だけだから♪」
「安心しろ、春希。大爆笑してやる」
「慰めにもならない励ましをどうもありがとう……」
 今はまだ冬馬邸地下には、笑い声が溢れていた。そして、もうすぐあの最高の時間を三人で過ごす。忙しくて、時間との戦い、ろくに睡眠も取れない、最高の時間を。
「そうだ、春希くん。ライブが終わったら海行こうよ海!」
「ああ、そうだな。春希がきちんと弾けるようになったら、な」
「えぇ~、それじゃあ、シーズン逃しちゃうよ、かずさ!」
「お前ら、後で吠え面かくなよ?」