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泣き言 in ライトノベル

ライトノベルの感想を真面目に不真面目に書きなぐるサイト

冴えない彼女の育てかた egoistic lily~please apology~10

「ああああああああああああああああああああああああああ!」

 弓を限界までしならせて放った矢如き大声が馬鹿みたいにだだっ広いリビングにまで反響する。

「くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそ」

 恐ろしい呪詛のような呟きが続いて漏れ聞こえる。俺、安芸倫也はリビングに隣接する小部屋の前でちょっとばかし震えていた。うん、何度経験してもこれは慣れない。

 声の主は金髪ツインテールの日英ハーフの幼馴染で高飛車でツンデレでポンコツ美少女。

 一度逆鱗に触れれば容易に止むことはない口撃。

 ちょっとでも揺らぐとあっさりとスクラップ化し、負け犬臭を垂れ流す。

 不安になるとすぐに甘い声で鳴いて助けを求める。

 そんな若干(で済めばいい)人格破綻者かつ同人業界では知らぬ者はいないエロ同人作家こと澤村・スペンサー・英梨々である。

 俺たちは夏コミにおいて仲直りを果たし、……色々なものを切り捨てた。英梨々はたった一人の親友で、俺は神様を。

 そうした迷いを振り切るようにサークル活動に邁進し、新しくできたサークルとしては信じられないほどのクオリティ、スピードで新作を出し続けている(egoistic lily時代の評判もあるが)。

 そして現在、英梨々は冬コミの締切と戦争を繰り広げていた。締切まで、あと五時間。彼女と仲直りした俺でも、どんな美少女であっても、この奇声を上げている彼女にはちょっと近づきたくなかった。

「と、倫也ぁ」

 しばらくして、いつの間にか甲高い奇声はやんでいて、今度は弱々しい撫で声が媚びたように流れてくる。

「はいはい、すぐ入るからな」

 部屋に入ると机の上で英梨々がぐでーっと突っ伏していた。しかし、俺が入ってきたとわかると嬉々とした表情で書き終わった原稿を差し出してくる。お前はご主人様に褒めてもらいたい子犬かよ。

 差し出された原稿に目を通して、俺は這い上がってくるそれを必死になって隠し通す。

「ね、今回の作品はどうかな? ひょっとして自己新記録更新?」

「ちょっと待ってろ、お前は。今読み直してんだから」

「ちょっと早く読みなさいよ、あたしだって読みたいんだから」

「お前はこれの神様だろうが……」

 すると英梨々は急にニヤニヤとした表情を浮かべる。あー、調子乗せちまった。

「え~、さっきなんて言ったの、倫也? あたし聞こえなかったからもう一回言ってくれない?」

「うぜえ」

「ほら、ほら、素直になっちゃいなよ。ほら、だからなんて言ったの? 言ってみなさいと倫也ちゃん」

「……締切がやばいから入稿しに行くわ、しばらく待ってろ」

 それを聞くと英梨々はあからさまに舌打ちをする。おい、お前何のための原稿だと思ってんだ。

「もうちょっとくらい大丈夫だって、ゆっくりしていきなさいよ」

「ああ、そうだな。どっかの誰かさんのせいで頭下げて今日に締切を延ばしもらわなかったら俺もそうしたよ」

 痛いところを突かれると英梨々はあっさりと黙ってしまう。

「じゃあな、すぐ戻ってくるからそれまでおとなしく休んでろ」

「ねえ、倫也。今回の作品は、どうだった?」

 ドアに手をかけると英梨々は弱々しい声で最初と同じ問いかけをする。

「だーめ、やっぱり、あの時の原稿には勝てないな」

 悔しがる英梨々の声を背に部屋を出た。ふぅっとひと呼吸入れて、一番近くの印刷所へと急ぐ。大丈夫、今日も平気だった。

 

「あ、安芸くんだ」

 印刷所で入稿し終わって、待っていてくれた方に頭を下げて、その場をあとにする。印刷所の角を曲がって、ながーい下り坂を降りていこうとした時にその声が聞こえた。

 呼び止められた声に疑問を抱きつつ、後ろに振り返る。そして、その声の主に思わず目を疑った。

 いや、それは違う。俺は最初からわかっていたはずなんだ。知っていて、気づいていて、わからないふりをしていた。

「久しぶりだな、加藤」

 高校時代の元同級生、大学における現同級生。そして今はなきblessing softwareの処女作『cherry blessing~巡る恵みの物語~』の『元』メインヒロイン加藤恵がそこにいた。

「わたしも今日はここに用事があったから」

 

 そう言って加藤は先程俺が用事を済ませてきた印刷所を指差した。

第九話