泣き言 in ライトノベル

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冴えない彼女の育てかた egoistic lily~please apology~9

 澤村・スペンサー・英梨々という少女(もうそんな年齢ではないかもしれないが)は俺にとっては一言で表せるほど単純でわかりやすくない。

  例えば幼少期、俺は英梨々とその両親によって、オタクという修羅の道を歩き始めることとなった。それに関しては感謝してもしきれない、もちろん感謝するのは癪だが。オタク文化というものは今となっては俺の半身みたいなもので、それがない生活なんて考えられない。

 例えば小学生の頃、俺は英梨々を裏切ったし、裏切られた。冴えない男子と美少女の組み合わせで仲良くしていた俺たちは、簡単に周囲から排斥された。その当時は嫉妬乙と流せるだけの余裕はなかった。それでも俺が苦心して作り上げたオタクの王国をあいつはあっさりと拒否した。あいつは俺に見捨てられたと勘違いした。俺たちは致命的なほど敵対していた。

 例えば高校二年以前まで俺と英梨々は単なる便利屋だった。物と物の交流だけを再び始めて、決して話そうとはしない、ある意味での冷戦関係を築いていた。時間が解決してくれた問題もあったし、時間が解決してくれず、周囲の人間に頼ってしまったこともあった。

 そして、高校二年の夏コミ。図らずしもある程度の関係を修復した俺と英梨々は同じサークルに所属することになり、一つの目標に向かって動き始めていた。しかし、あいつは突然現れた波島出海という天才に完膚なきまでの敗北を喫した。その挫折をまたもや周囲の人間に助けられ、一時的な関係修復を成し遂げた。

 そして、今。ただの絵が上手いだけのただの幼馴染は俺の目の前で天才へと昇華した。蝶が蛹を脱ぎ捨てるかの如く劇的な進化。子分で、友達いなくて、臆病者で、病気がちで、器用貧乏で、ついでにポンコツで、スクラップな奴が俺の中での最強のクリエーターになってしまった。

 孤独感と疎外感と劣等感が俺の中に吹き荒れて、体の中をごちゃごちゃにする。さらに慢心することなく飽きることなく成長を続ける澤村・スペンサー・英梨々に俺が置いていかれるんじゃないかって思い始めた。俺が守るはずの英梨々はいつの間にか俺を飛び越えていた。

 澤村・スペンサー・英梨々がいかに努力をしたか、俺はよく知っている。作品に対して一切の妥協を許さないそのスタイルは俺なんかとは違って、尊敬に値するものだ。だから、あの作品を見たとき、凄いって思った。月並みな言い方だけど、あれは多分、最高傑作。あれを超える作品には生涯出会わないであろうし、それがあり得るとすれば柏木エリからだけ。

 だから、俺はあいつを許す。あいつの想いを受け取って、その上であいつを許す。俺の中でどす黒く渦巻く感情と一生付き合っていく。だから、エンディングは英梨々ルートで。

「なあ、英梨々。居るのか?」

 クソ長い前置きを整理して、英梨々の部屋のドアをノックする。

 返事はない。ただの屍のようだ。いや、向こうは当然見えないのだけど。英梨々はあの日以来、部屋からほとんど出ていないらしい。うん、まあ、そこは突っ込まない方向で。

「返事くらいしろよ。……そういう他人のことを全く考慮しない態度がオタクの社会的地位を低下させるんだぞ」

 返事は、やっぱりない。英梨々の両親はあの話はしていないといった。俺が突き返した同人誌を見て、部屋に引きこもったらしい。

 部屋に引きこもった英梨々が何をしているのかは、わからない。

「お前、ちゃんと親に顔見せてるのかよ。あんまり周囲に心配かけんなよ」

 なあ、英梨々。だからちゃんと返事くらいしろよ。ポンコツみたいなオタクでもいいから、高飛車な偽装お嬢様でも構わないから、元気な姿を俺に見せてくれよ。

「ひょっとして、また同人誌書いてるのか? 少しくらい息抜きしないとまたぶっ倒れるぞ。そうやって他人に迷惑かけるのはもうやめろよ。子供じゃないんだから」

 ひょっとしたらそれはありうるかもしれない。澤村・スペンサー英梨々は作品に対しては真摯であり続け、凄みを増していく中で徐々にではあるが帰って来れなくなることが多くなってきた。それは、創作物と人間性を天秤に乗せて後者を諦めるということ。だからこそ、体の弱いあいつがぶっ倒れていやしないか、不安に襲われる。

「いい加減、顔くらい見せてくれよ。心配、するだろ?」

「ふ……んな」

 ドアの向こうから僅かに聞こえる掠れた声。締切前だったり、直後だったりの完全に疲れきっている時の声だ。

「英梨々、だから返事くらいちゃんとしろって――」

「ふざけんな!」

 だけど、そんな幼馴染からの声ははっきりとした罵倒だった。

「倫也、あんたがそれを言うの? 私にあんなことをしでかしたあんたがそんな心配する必要があるの? そもそもそんな資格あると思ってるの? ……だから、どっかに行ってよ、ともやぁ」

 その怒りはすぐさま萎んでいって、どこかで聞いたことがあるような泣き虫の声がドアの向こうから漏れ出した。

「英梨々……」

「もうちょっとしたら、また頑張るから。だから、また読んで……。お願いだから、私を見捨てないで……」

  英梨々、俺がお前を見捨てるわけないだろ。大体、そんなことでいちいち見捨ててたらどんだけお前は見捨てられんだよ。

「お前、人が渡したものはちゃんと目を通しておけよ」

 鍵が開いて、 英梨々と対面する。涙で赤く腫らした瞳が驚愕の色に染まっていた。

「ば、ばか! 入ってくんな、ばかじゃないの!」

「こんなところで止まる奴は主人公にはいねえよ。英梨々、パソコン借りるぞ」

 静止する 英梨々を意に介さず、ずかずかと部屋へと上がり込む。英梨々のパソコンには描きかけの絵が映っていた。

 そのままキーボードを叩いて、とあるURLに飛ぶ。

「倫也、それってあんたのブログじゃないって――」

 しかし画面に表示されているのはURLが見つからないという文字と僅かな広告だけ。背後で、英梨々が息をのむ音が聞こえた。

「それで本当に見せたかったのがこっち」

 表示されるのはなんの変哲もないただのウェブサイト、lily's rhapsodyとだけ書かれた本当にシンプルなサイト。

「まさか、あんた……」

「ああ、TAKIは閉鎖だ。そしてこれは個人的なお誘いだ。新しい同人サークルのな」

「それじゃあ、霞ヶ丘詩羽は?」

「……先輩のことは裏切ることになるな」

「……まさか、恵のことも?」

「…………加藤にも伝えたよ。もう二度と一緒にゲームを作ることはないって」

「ばか! なんてことしてんのよ! これから恵にどう話せばいいのか……」

「だから、良いんだ。俺はお前の作品を見て、ドキドキしたんだよ、鬼気迫るものを感じたんだよ、何が何でも売ってやりたいって、そう思ったんだよ」

 本当に、それだけなんだ。だからこそ――

「これで仲直りだ、英梨々」

 金髪ツインテールの日英ハーフの幼馴染で高飛車でツンデレでポンコツ美少女は俺の差し出した手を握り締める。

 

「うん、これで仲直りね、倫也」

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