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泣き言 in ライトノベル

ライトノベルの感想を真面目に不真面目に書きなぐるサイト

冴えない彼女の育てかた egoistic lily~please apology~5

「せ、先輩」

「どうもこんばんは、倫理くん」

 あ、凄くいい匂いがする、加藤のやつ何があんまり期待するなだ、めちゃくちゃ美味しそうじゃないか。

「ところで倫理くん、お腹すいてないわよね。私はすいているからこのお粥もらっていいかしら?」

「いやいやいや、いいかしらじゃないでしょう」

 一応、加藤が真面目に作ってくれたお粥なんですよ? メインヒロインの作った料理は不味くても全て食べるというのが常識です。 メシマズヒロインは大抵、レシピ通りに作らず失敗するし、独創性とか言って隠れてない隠し味を入れようとするし散々だ。

 その点、加藤はそんじゃそこらの量産型ヒロインとは格が違うと信じたい。

「冗談よ、冗談。風邪を引いたのならしっかりと栄養を取らないといけないしね」 

 そう言って先輩は歩を進めてこちらににじり寄ってくる。いやいや近い近い。先輩が蓋を開けると湯気がぶわっと吹き出した。

 匂いだけでなく、見た目も十分美味しそうだ。

「はい、あーん」

 美味しそうなお粥をレンゲで掬い俺の口元まで運んでくる。というか更に近い近い、というか胸元がやばい。見せそう。

 思わず、身を委ねてしまいそうな甘い誘惑。でも、それじゃ、いけないのだ。

「自分で食べれます、先輩。先輩に風邪が移ったら申し訳ないですから」

「――っ!」

 先輩は体を強ばらせて停止する。レンゲが鍋の中に戻って、先輩はそれを机の上に置く。その姿は震えていた。

「先輩、俺先輩のラノベ楽しみにしていますから。先輩ならしっかりとハーレムを書けるって信じてますから」

「ねえ、倫也くん。……この同人誌どうだった?」

 英梨々の送りつけてきた同人誌をこちらを向くことなくひらひらと見せてくる。egoistic lilyとだけ書かれたシンプルなデザインの英梨々が書いたとは思えないような同人誌。先輩は英梨々のサークル名を知っている。澤村英梨々が柏木エリだって知っている。

「それは、面白かったですよ。……ここ数年で一番気に入った作品です。読む決意をするのに丸一日かかりましたけど、何度も何――」

「言わないで頂戴!」

 大声で制止が入った。俺もなぜだかわからない、先輩は本気モードになっていた。

「倫也くん、お願いだから言わないで頂戴。……ごめんさない、大声を出してしまって」

「気にしないでください。俺もちょっと熱くなりました」

「ところで倫理くん。まだ新しいゲームを作る気はないの?」

 それは露骨な話題変換。そして本気モードがあっさりと沈んでいく。だが、先輩は明るい声に戻っていた。話題を変えたのは先輩が大声を出してしまって間がおかしくなったからなのか、嫌なことから目を背けるためなのかは俺にはわからない。

「今のところはないです。俺、あんまり才能ないみたいで前回も加藤がいて、何とか思いついた作品ですから」

「じゃ、じゃあ、私が話を考えましょうか? 前回も倫理くんが考えてたやつとかなり違う話になってしまったし」

「いいんですよ、先輩。それじゃあ、先輩の負担が大きくなりすぎるし何より俺が必要じゃなくなる。……一応、先輩のラノベも期待してて、もし遅れたりクオリティが下がったら。そんなの一生かけても償いきれないんです」

 やっぱり、先輩の作品は面白い。前回の作品でも先輩のシナリオが遅れ(もちろん、俺のせいでもあるが)商業作品の方が延期してしまった。その状況で、さらに先輩の仕事を増やすような作品を容認することはできない。プロデューサーとしてディレクターとして、そして霞詩子の信者としては。

「――――っ!?」

 先輩はゆっくり部屋の出口へと歩いて行った。

「どうしたんですか、先輩?」

「ごめんなさい、倫理くんの言うとおり風邪が移ったら大変だから今日のところはおとなしく帰るわ」

 部屋のドアをくぐる先輩の横顔が涙で歪んでいた。

 声を掛けようとしたが、やめる。おそらく俺が先輩を傷つけてしまった。風邪をひいて朦朧としていたのかもしれない中で飛び出した言葉は確かに本音だった。それを今更撤回なんてできやしないし、そんなよそ行きの言葉で先輩を納得させることはできない。

 加藤が帰って、先輩が去っていったこの場所に俺だけが取り残された。

 先輩の流した涙が、あの音信不通状態を復活させてしまいそうで、俺は寂しくなった。だるさが残る体に鞭を打って本棚に置いてある恋するメトロノームに手を伸ばす。

 そして、先輩と語り合ったあの夢のような時間に浸るかのように読み込んでいく。失われたあの時間を取り戻すかのように、二人で語り合った時間を再現するかのようにかつてないほど物語に入り込んでいき――

「えっ?」

 

 そうして見つからなかった、これまで二十回以上読み込んで、今の今まで気づかなかったことに俺は気づいてしまった。病人であることも忘れて、朝まで恋するメトロノームを読み込んだ。疑問は確信へと昇華した。

第六話 第四話