冴えない彼女の育てかた egoistic lily~please apology~4
気がついたら、そこには加藤がいた。袖口のパフスリーブをつけた白いシャツ、ブルーのフレアスカートに緑のストール、それに素足。俺がいつの間にか寝ていたベッドの端に腰掛けてフラットな表情でスマホを弄っていた。
「あ、安芸くん、おはよ」
随分と普通なあいさつだ。というか何で俺の家の中に。あ、駄目だ。風邪をひいているせいかあんまり頭がうまく働いてくれない。
「安芸くんは寝てた方がいいよ」
起き上がろうとしたがスマホ片手に抑えられた。寝かせておいてあげようという心遣いは大変ありがたいがそれをするくらいならせめてスマホを置いてはくれんかね、加藤さんや。
「な、なんで加藤がここに?」
「んー、どうやって入ったって意味なら鍵の場所を覚えていたからで、どうしてなら、出海ちゃんに頼まれたからかな? 最初であった頃は安芸くんとの関係を勘違いされたけど、今ではすっかり大丈夫だよ」
加藤はそういうと足元のビニール袋をゴソゴソとあさり出すとコンビニで買ったであろうヨーグルト、ゼリー、ポカリ○ウェットを取り出した。
「はい、お見舞いの品」
「ああ、助かったよ」
なにせこちらと病人だ。多少の料理スキルはあっても、流石に体が動かなければやりようがない。
「言っておくけど、流石にお粥とかは期待しないでね」
「ああ、わかってるよ。ところで霞ヶ丘先輩は?」
俺が風邪を引いたなんて聞いたら飛んできそうな気もするけど。それに加藤なら連絡くらい入れるだろうし。
が、しかし加藤はまたもやフラットにスマホを弄っている。
「……あ、霞ヶ丘先輩? 連絡はちゃんと入れておいたよ。締切で忙しいけど絶対行くだって」
むしろ、先輩には来て欲しくなかったんだがなあ。風邪を移してしまって作品が出るのが遅れたなんてそんなの俺がいやだ。
「なあ、加藤――」
「安芸くんの言いたいことはわかるけど、連絡しなかったら、私が文句言われるんだからそこは安芸くんが自分で対応してね」
あの先輩を俺が抑えなければいけないのか、かなり無理なんじゃないかそれは。ただでさえ口では勝てる気がしない相手だが、ましてや風邪をひいて思考能力が落ちてしまえばなおさらだろう。
というかゲーム制作関係なしに加藤が俺の家に来るのって実は初めてなんじゃなかろうか。あ、やべえ、なんか緊張してきた。英梨々は徹ゲー、アニメマラソンしか選択肢がないとか言うかもしれないけれど、この状態だと加藤が許してくれなさそうなんだよ。
加藤はまだ、ベッドに腰掛けて一応こちらを見守ってくれている。風邪が移ったらどうしよう。でも、加藤が風邪を引くというイメージがあんまりわかないんだが。
「あと、私は安芸くんが無理しないように監視してるだけだから」
なんだ、物凄く申し訳ない。このままじゃ女に振られて引きこもったけど、別の女の子に世話をしてもらっている状態だ。まずい、このままだと加藤が壊れる。
「言っておくけど、私だって無償でお世話するわけじゃないよ。安芸くんに貸した借りはきちんと返してもらうからね」
が、そんなことはなかった。流石俺たちの加藤さんだ。俺の中で黒加藤と呼ばれるだけのことはある。
「なあ、加藤。お前はどうしてこんな駄目男の傍にいてくれるんだ? 俺が言うのもなんだけどちょっとわけわかんないぞ」
「安芸くんはメインヒロインを使い捨てるの? 一回メインヒロインになったら私は用済みなんだ? ギャルゲー主人公って基本的にそうなの?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。許してください」
とりあえず心の中で土下座。とてもじゃないがギャルゲーは複数人攻略が前提だなんて言える空気ではない。
「ところでさ、安芸くん」
「どうした加藤」
「私、リトラプが面白かったから、他のゲームもやってみたの」
おお、加藤が乙女ゲーとかギャルゲーをやっていたとは思わず(CV.大塚○夫)で喋りたくなるのを必死にこらえる。
「ほうほう、それで?」
「なんでみんな同じ私服しか着ないの?」
――加藤、それは触れてはいけない領域だ。キャラクターの服が変更していたら一体その修正にどれだけの時間がかかるのか。そしてその差分を書くのにどれだけの時間がかかるのか計算するだけでも恐ろしい。言っちゃいけないことを平然と行ってのける加藤、恐ろしい子ッ!
「英梨々のこと見てれば、わかるだろ。あの大変さが……」
まあ、そんなこと事情をわざわざ説明しなくても英梨々の忙しさを理解してもらえればそれ十分だろ。
「ああー」
納得、といったふうに加藤は頷いていた。
「だから、気づかないんだね」
ん? なんか急に話が飛んだぞ? というか加藤がめちゃくちゃフラットな表情になっている。え、俺何かしたか?
「か、加藤」
いや、聞き直してどうする。一体、何になるって言うんだ。
「どうかしたの、安芸くん?」
「いや、何でもない」
「そう? それなら良かったけど、流石に難聴系主人公になったら私も庇えないからね?」
あれは作者が個別ルートに突入しないようにするための引き伸ばしだから! むしろキャラクターは被害者だから!
それにさっきのは聞こえなかったじゃなくて、理解できなかっただからセーフということに。
「ゴホッ、ゴホッ」
やべえ、咳が止まらない。これなら、コミケに行けなかったっていう言い訳も立つかな?
「安芸くん、コミケが終わったらさ、一緒に遊びに行かない? 私は火曜日が空いてるんだけど」
あれ、これって必ず風邪を治してコミケに行こうねってことなのか。英梨々から事情を聞いているとしたら今度こそ、俺と英梨々を仲直りさせようとしているのか。
「……わかった。コミケが終わったら、必ず行こう。俺はその日どんな予定が入っても加藤を優先させる」
「そこまで本気を出す必要はないんだけどね」
流石に呆れ顔の加藤だ。するといそいそと立ち上がって、部屋を出ようとする。
「帰るのか?」
「ううん。お粥作ろうと思って」
え、でもお粥とかは期待するなって。というか持ってきてくれた差し入れだけで十分すぎるほどなのに。
「私もお腹が空いちゃって、それでも味の方に期待されたら困るけど」
そう言い残して、加藤は部屋を出て行く。ベッドで寝ている俺の視界に映るのは真っ白な天井。染みの数を数えても時間は流れていく。頭の中に浮かんだのは金髪ツインテールの幼馴染のこと。あいつは俺との仲直りを本当に望んでいるのだろうか。あいつが望んでいるのは俺を認めさせることだけで、仲直りなんてものはそれに付随するおまけみたいなものに思われていないだろうか。
いや、違うと首を振る。あいつが仲直りしたいかどうかなんて関係ない。俺が仲直りしたいかどうかなんだ。あいつがなんと言おうと俺は仲直りするんだ。
そんな俺の決意を支持するかのようにインターホンが家に鳴り響く。
「先輩が来たのかな?」
しかし待てども待てども、加藤もそして先輩も来ない。仕方がない、英梨々の同人誌でも読むか。あいつに俺の信者力を見せてやる。絶賛して、褒め殺して、もういいからやめてと言われてもこの本が素晴らしいということを主張し続けてやる。
そして五週ほどしてから、階段を登る音が聞こえる。俺は同人誌を机の上に戻して、大人しく寝ているふりをする。
ガチャっとドアが開けられて
「あ、加藤? さっきの来客、訪問販売かなに――」
かだった? と聞こうとして、言葉がつっかえた。
「あの女はもう帰ってこないわ」
そんな怖い台詞を吐き出しているのは現役美少女女子大生作家霞ヶ丘詩羽先輩だった。
「いや、ただ帰っただけでしょう!?」
その手には、お粥の入っているであろう鍋があった。あいつ結局食べていかなかったな。
「あ、霞ヶ丘先輩、こんばんは」
「倫理くんの家なのに貴女が出迎えるあたり憎たらしい人ね」
「今、お粥作ってるんですけど、先輩も食べていかれますか? というか、お粥作ったら帰るつもりだったんですがね」
「それは私が倫理くんにあーんして食べさせてあげろってことなのかしら?」
「そこまでは言わないですけど……でも、一つだけいいですか」
「……何かしら?」
「倫也くん、また先輩に厚かましいお願いすると思うんですけど、彼なりにしっかりと考えたことだから、できる限り尊重してくれたらありがたいなって」
「それはあの女のこと? それともまたゲームのこと?」
「多分、どっちもだと思いますよ。何だかんだで私が焚付ちゃいましたし」
「っ! ――一応、感謝しておけばいいのかしら、加藤さん? 私も倫也くんとまたゲームを作りたいと思っていたし」
「そんな必要ないですよ。私だって自分がしたいことをしただけですから」
「貴女、本当に憎たらしい人ね」